ブハラの嵐と鳩 ウズベキスタン・2003年6月 旅TOPへ
 去年ウズベキスタンを訪れた時、サマルカンドで長居をしてしまい、ここブハラでは3日しか滞在すことが出来なかった。ブハラの後、ヒバを訪れ、トルクメニスタン、イランへ行く予定をしていただけにスケジュールを変更すことが出来なかった。
今回は飽きるまでというつもりでタシケントでインドビザを申請すると、翌朝のフライトでブハラへ飛んだ。
今まで十数年間、ペシャワールでこの地名、ブハラを何度聞いたことだろう。昔シルクロードの要所として、商業の中心地として栄えてきた街である。トルクメニスタンの赤と黒の長方形六角形の柄のカーペットはトルクメニスタン製であっても、この地、ブハラから世界に流通していったので未だにブハラ製と言われている。
刺繍も他のテキスタイルも美しいものはブハラ製と人は言う。

20世紀始め、ソビエト連邦に組み込まれるまで、ブハラ汗国という国だった。

ブハラの子供達と私
 私の目指す滞在場所はラビハウスと呼ばれる池の近くにある。去年も滞在した、230年前に作られた商家の木造の建物。このムビジャンは日本人の若者も良く利用している。朝食つき一泊6ドルの安宿だ。でも看板もない、旧市街地の細い路地の中にある。
ラビハウスでタクシーを降りると、女の子が近づいてくる。良く見ると何と去年ハンマーム(16世紀に作られた公衆浴場)であった12歳のあの女の子だ。英語が堪能で、初めてのハンマーム経験をする私にいろいろと教えてくれた、ラルニゴだ。お互いに驚き、再会を喜んだ。
ムビジャンに荷物を置き、ミネラルウオーターを買いに行く途中、去年、ウズベキスタンの政治的現状を話してくれたガイドのアミンとも出会い、去年の滞在と今年のその時が一度に繋がった感じだった。
ムビジャンは主の名前。70歳くらい、昔オリンピックでウエィティングリフティングのメタル獲得者とかで、笑顔が素敵な元気なおじさんである。一人でこの民宿を切り盛りしている。
奥さんはこの民宿経営が嫌いで、近くに住む娘さんの所にいるそうだ。
安いだけあって不便さもある。トイレもシャワーも母屋にあり、部屋から離れている。日本のように床に布団をしいて寝るのである。

大きな木製のドアーの鉄輪を打ち鳴らすと右の写真の中庭に入る。
この庭の下は実は部屋になっていて今は倉庫と鶏が住んでいるが、昔は馬やラクダの寝場所だった。部屋の中も見晴台にも白い壁には色鮮やかなミフラビの形の中に花が描かれている。
到着した日のお客は私一人。翌々日、日本の一人旅の若者、その翌日はフランスからの建築家一行、4名の宿泊客だった。

ムビジャン:この扉一つずつが部屋になっている
このようなアットホーム的な宿は一人旅の私にとっては何かと便利なのである。
右の写真の乳母車のようなものはウズベキ中で見かけるのだが、街中を押して歩いているナン売り。この焼きたてのナンが食べたくてこれを買い,店でチーズを買ってムビジャンの台所で食べるのが私の昼食。ムビジャンも作り置きのスープをご馳走してくれたり、お茶や果物を振舞ってくれる。
コーヒーが欲しいときは勝手に台所を使わせてもらうこともできる。大きなホテルだとこうはいかない。
ナン売り

スィトライ・マヒ・ホセ宮殿:庭で新しい刺繍を売っていました
去年行けなかった、郊外にある夏の宮殿、スィトライ・マヒ・ホセ宮殿へ出かけた。
ここには刺繍を展示している部屋もある。緑がうっそうと茂った宮殿である。広いハーレムのプールは清掃、修理中で水が全くなかった。ここで若い美女数百人を泳がせ、ハーン(王)は気にいった女性にリンゴを投げ、夜伽を選んでいたそうだ。入り口付近に3M位の高さの高見台、ハーンが美女を選んだ場所があったが、干上がったこげ茶色のプールは美女を想像するのにはほど遠いモノだった。

過去の艶やかさは長い年月によって滅び去り、今は周囲の緑のみが夏の太陽の下で輝いていた。
タキ(16世紀)と呼ばれる土饅頭の屋根を持つ建物が集まった古いバザールがここブハラでは有名。昔は世界中の宝石、布、毛皮、金銀の取引で賑わった所。集まる人々も世界中から来ていたそうで、宿泊先のムビジャンのおじいさんはサウジアラビアからここブハラへ何度も商用に来ていて、商家の美女と結婚したのだそうだ。

現代、タキはツーリスト向けのお土産の店になっている。この円い土饅頭の屋根は独特の街の景観を作り上げている。この周囲に有名なモスク、マドレッセ、キャラバンサライ、アルク城などがある。

私は一件づつ良い物はないかとタキの店を覗き込み、話し込むのが日課。
やはり地元のおばちゃんが身につけるとバッチリ!:タキにて
このアクセサリーは19世紀のもの。だが・・・・・
タキを毎日ウロウロ歩き回っていた、ある日の朝の11時ごろ、突然空が曇ってきた。どうしたのかなと思いつつ店の主と壁を覆っている古い木版染めについて話していた。雨が降りだすのかと思っていたが、時折突風が吹いてくる。だんだん風が激しくなり雨もポチポチ落ちてきた。外に商品を並べているお店はこの突然の雨に店じまいを始めた。それでも納まるのではと思って、話し込んでいた。
私を見つけた顔なじみの若者がこの帽子はとても状態がいいよと数個の帽子をもってきた。それを見ていたが、空は真っ暗になり嵐が酷くなるばかり、やむ気配ない。

これは民宿へ早く帰ったほうがいいと思って、慌てて突風が吹き荒れる中を駆け出した。この道が近道ではないかと入り込んだ路地。行けども行けども、ラビハウスにたどり着かない。雨よりも砂混じりの突風が行く手を阻み、歩きにくい。それでも我民宿とタキはそんなに離れている所ではないしと路地を急いだ。みんな家の中に閉じこもり、路地を歩いている人は誰もいない。家路を急ぐ子供にやっと出会い「ラビハウスは何所」と尋ねる。あっちと指差す方に夢中で走る。何しろ旧市街は曲がりくねった細い道。家々は高い土壁の塀に覆われ、何所も同じに見える。もう30分はウロウロしている。砂が顔にあたって痛い。
どうなることかと少々不安になってくる。今度はやはり家路を急ぐおじさんに出会い、私がラビハウスと叫ぶとおじさんは右手を指差し、駈けて行った。やっとラビハウスたどり着いた。

ここまで来ると目指す民宿の場所が私にもはっきりわかる。方向も分らず駆け回った不安は解消。ほっとした。ムビジャンに駆け込むと、ムビジャンはよくあることだよと笑っている。砂漠の暑さがこんな突風をはこんでくるようだ。その日は早めにシャワーのお湯を沸かしてもらい頭を洗ってほっとした。
ムビジャンのホビーは鳩を飼うこと。屋根の側に鳩小屋が2つあり、50羽くらいの鳩を飼っている。毎夕、鳩小屋の扉を開けて外へ鳩を出し、餌をやる。ほとんどが白い鳩。私も時にはこの餌やりのお手伝いをする。50羽の鳩の餌代は大変なんだといいつつ「あのちょっと茶色がある鳩の形は素晴らしい、市場へ持ってゆけば10ドルはするよと」と嬉しそうにムビジャンは鳩と遊んでいる。
青空に舞う白い鳩の群れは美しい!その景色は平和のシンボルそのものだった。

1週間滞在し、早く来いというよというサマルカンドの友人達の所へバスで行った。

おわり